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東京高等裁判所 平成2年(ネ)1353号 判決

控訴人(被告)

小林俊彦

被控訴人(原告)

村田彰

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は主文同旨の判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決二枚目裏九行目の「入口より」の次に「控訴人が加害車を運転して」を加え、同一一行目の「進行中の」から同行の「前部に」までを「進行していたところ」に、同三枚目表四行目の「自転車が衝突した」を「自転車に加害車右側面前部を衝突させた」にそれぞれ改め、同四枚目表九行目の「これは、」の次に「自動車損害賠償補償法施行令第二条に定める後遺障害等級表(以下「等級表」という。)の」を、同裏四行目の「後遺障害は」の次に「等級表の」をそれぞれ加える。)。

三  証拠関係

本件記録中の原審及び当審の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一  被控訴人の請求原因及び控訴人の抗弁に対する当裁判所の認定判断は、次のとおり加除、訂正するほか原判決理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

1  原判決七枚目表六行目冒頭に「請求原因1の事実のうち交通事故発生の外形的事実については当事者間に争いがなく、これに」を加え、同行の「請求」から同八行目末尾までを「控訴人は、請求原因1記載の日時場所において、控訴人所有の加害車を運転し、パチンコ銀座北西出入口から西南出入口方向に向け時速約二五キロメートルで進行していたところ、パチンコ銀座駐車場の西南出入口付近には変電設備小屋が設置されていて同出入口から進入してくる車両に対する見通しが悪かつたのに同出入口から進入してくる車両はないものと思い込み、進路前方の安全確認をしないでそのまま進行し、折から同西南出入口から時速約一〇ないし一五キロメートルで右駐車場に進入してきた被控訴人運転の原動機付自転車に加害車の右側面前部を衝突させて被控訴人に左側肋骨骨折、左肺血気胸、全身打撲等の傷害を負わせたことが認められる。」に改める。

2  同七枚目裏二行目冒頭から同六行目末尾までを次のとおり改める。

「そこで、請求原因3の(五)の後遺障害の有無及びその程度について次に判断を加える。

原本の存在及びその成立に争いのない甲第八ないし第一四号証、第一五及び第一六号証の各一、二、成立に争いのない乙第三ないし第五号証、原審及び当審における鑑定の結果、当審証人渡邊郁緒の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人の治療経過として次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、前記高部外科医院において、昭和六二年一月一六日、項部痛、腰痛、胸部痛を訴え、頸部、胸部、腰部挫傷、第七、八、九肋骨骨折と診断され、同医院の同年一〇月二七日を診断日とする診断書には、自覚症状として「〈1〉項部疼痛と重い感じがする。〈2〉頭痛と頭重感がある。〈3〉自動車を運転又は乗せてもらうと自動車の停止したり車の激しい動きで後頭部が痛む。」との記載が、精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果として「頭部の後屈に際し項部痛がある。下部腰痛の両側圧痛あり。」との記載がある。

(二)  同年四月二〇日、前記静岡県立総合病院の長島康之医師は、「交通事故を原因とする外傷による肺、胸痛病変は安定したが、視野、調節障害を訴え、現在、眼科的加療を継続中である。」とし、治療中の傷病名を「全身打撲、頭頸部外傷後遺症、視力調節衰弱、眼精疲労」と診断し、同年五月二二日、同病院の佐久川政尚医師は、「同六一年一〇月一五日、眼科初診、視力右〇・五(矯正一・〇)、左〇・五(〇・八)であつたが、後遺症状とみられる訴えがあつた。視力もかなり動揺しており、同六二年三月三日視力右〇・二(〇・四)、左〇・八(矯正不能)であつた。」とし、傷病名を「頭頸部外傷後遺症」と診断し、同年一一月四日、同医5E2Bは、「眼科初診後、次第に視力障害、調節障害が強くなつてきた。同六二年七月一日、視力右〇・一五(矯正〇・六)、左〇・六(〇・五ないし〇・六)で、その後、視力はほぼ固定している」とし、傷病名を「頭頸部外傷後遺症」と診断し(ただし、同病院における同六三年四月一三日の視力検査では右〇・二、左〇・一五となつている。)、同年一一月五日には同月四日に症状固定と診断し、また、控訴人代理人の弁護士法第二三条の二による同六三年二月四日付照会に対して、「前眼部、中間透光体、眼底には検眼鏡的には(拡大して直接観察すること)には特別な異常所見はない。他覚的所見はある。これは器質的には確認できないが機能的に確認できる。すなわち、裸眼視力の不良、矯正視力不良、調節障害、視野の異常がある。また、心因性を決めるのは困難で、常識的には中枢及び末梢性の神経機能異常に心因性のものが加わつていると考えるべきであろう。」等と回答している。

(三)  原審鑑定人新城光宏は、鑑定結果として平成元年三月七日付鑑定書において、要旨「視力は、静岡県立総合病院眼科のカルテ記載によれば、変動の激しさがみられ、症状固定を告げられた後の同六三年四月一三日の視力が急激に低下しているが、同六二年七月一日以後の視力はほぼ安定しており、鑑定時の視力右〇・一(矯正〇・六)、左〇・二(〇・五)とほぼ一致し、右鑑定時の視力が実状を反映するものと考える。鑑定時の視野検査所見は、両眼とも螺旋状視野を示し実状を反映するものではないが、静岡県立総合病院眼科における視野測定値からすると軽度の視野狭窄が認められる。鑑定時の調節力所見は、変動が激しく測定不能であるが、静岡県立総合病院眼科における測定結果からすると調節力は右眼三・七三D、左眼四・一九Dであり、正常域よりやや低下している。」、「視力、視野、調節力についてはいずれも自覚的所見を主とする検査測定値であるが、鑑定時の視力及び静岡県立総合病院眼科における各測定値によれば、視力低下、視野狭窄、調節力低下が認められ、他の原因疾患が見出されず、交通事故によつて生じた症状として考えることに矛盾はないが、本件交通事故により発生したものと断定することはできない。前眼部、中間透光体、眼底には他覚的に異常所見は認められない。」、「鑑定時の視野検査所見で螺旋状視野を示したこと、また、眼局所的あるいは全身的に原因となる所見を認めないにもかかわらず、強い羞明感を訴えることから心因性の要因が加わつていることは否定できないが、視力低下、視野狭窄、調節力低下が軽度ながら認められ、これを現在の医療水準で鑑別することはできず、器質的損傷の存在もまた否定できない。」と述べた上で、被控訴人の矯正視力が〇・六以下になつたものとして被控訴人の視力障害は等級表の第九級に該当する旨の意見を述べている。

(四)  当審鑑定人渡邊郁緒は、浜松医科大学医学部附属病院眼科における眼科診療、検査、脳神経外科診察等を経た上、その鑑定結果として平成三年五月八日付鑑定書において、要旨「今回の視力検査結果からは、右眼視力が最大〇・一、左眼視力が〇・〇七(ピンホールを用いたときの視力は両眼とも〇・二)、近方視力も悪く右眼が右〇・〇五、左眼が〇・〇四であつたが、両眼視検査の結果、良好な結果が得られたことから判断して、右検査の近方視力測定値が本来の視力であるとの判定根拠はない。被控訴人は、強い羞明を訴えているが、減光状態下で視力の改善は認められなかつた。ゴールドマン視野計を用いて螺旋状視野の有無を測定したところ、螺旋状視野が記録された。静岡県立総合病院における視力測定値と右検査結果を比較すると、今回の検査における視力の低下が強く、同病院での最終受診以降、右のような視力の低下にもかかわらず、被控訴人が眼科の受診もせず、「視力は〇・〇四と以前の値のほぼ一〇分の一になつているのに、治療しないのですか」との質問に対しても、「自分、悪ければ悪いように……生活している」と不明確な返答をし、検査時、被控訴人は眼科検査室、診察室で自由に行動が取れ、介助なしで持物を指定のカゴに入れ、杖をその横に立てかけ、指定の椅子に座ることができ、同年四月二日の受診後、眼科診察室前で看護婦に玄関の方向を聞き、エレベーターを教えてもらつた上、一階下の玄関ホールでエレベーターを降り、一人でまつすぐに玄関に向かつた。また、静岡県立総合病院眼科における測定値と比較して、強度の求心性視野狭窄を示したのに被控訴人は視野狭窄を全く訴えていない。これらの事情からすると、今回得られた視力値の信憑性には強い疑問が残る。」、「細隙灯顕微鏡検査にて、前眼部、中間透光体には異常が認められず、眼底検査(直像鏡検査)で左眼黄斑部に僅かな色調の変化を認めたが、視力障害を裏付ける所見ではなく、視野検査において左眼黄斑部に相当する部位に暗点(中心暗点)が認められず、被控訴人の現在の視力値及び以前の視力値からの低下を裏付ける検査所見は認められなかつた。」、「脳神経学的検査、瞳孔の状態、対光反応、脳画像診断においても、脳神経、脳内構造物に異常所見と思われるものは得られず、今回の検査結果からは、被控訴人の訴えの視力障害を説明しうる器質的損傷は認められなかつた。視野検査から、心因性の状態で非常に高い頻度で得られる螺旋状視野が得られ、色覚検査においても、TMC検査の結果は全色盲または詐病、石原・大熊式検査の結果は全色盲・全色弱とされたが、被控訴人は色覚の異常を全く訴えておらず、かえつて、診察室にある赤・緑視標及び赤・青の電灯の色は判別できるとする理解困難な返答をしている。また、被控訴人の訴えの一つである羞明についても、これを裏付ける所見は得られず、視野検査の結果からしてもその原因が神経的な要因(心因性)であろうとする考えが強く支持される。」と述べた上で、他覚的検査で視覚障害を裏付ける器質的損傷は認められず、視野検査では心因性を強く支持する結果が得られ、されに、諸検査値に矛盾する点があることから、被控訴人の視機能障害の程度の判定は不可能である旨述べている。

右認定事実によれば、被控訴人には症状固定後も本件事故の後遺症として項部疼痛等の神経症状が残存しているものと認めるのを相当とするところ、右症状は等級表の第一四級一〇号(「局部に神経症状を残すもの」)に該当するものと認められる。

この点、被控訴人は、本件事故の後遺症によつて視力が〇・六以下になつたから、その視力障害は等級表の第九級に該当する旨主張しているところ、前認定のとおり、原審鑑定人新城光宏は、被控訴人の矯正視力が〇・六以下になつたものとして被控訴人の視力障害は等級表の第九級に該当する旨の意見を述べている。しかしながら、同鑑定人の意見は、鑑定時の視野検査所見で螺旋状視野を示したこと、また、眼局所的あるいは全身的に原因となる所見を認めないにもかかわらず、強い羞明感を訴えることから心因性の要因が加わつていることは否定できないとしつつ、視力低下、視野狭窄、調節力低下が軽度ながら認められ、これを現在の医療水準で鑑別することはできないとして、鑑定時の視力右〇・一(矯正〇・六)、左〇・二(〇・五)は被控訴人の視力の実状を反映するものとの前提に立つて右のような意見を述べているわけであるが、被控訴人に視力低下等が認められ、これを現在の医療水準で鑑別することはできないとする充分な根拠はない。そして、被控訴人は現在も視力障害を訴えているところ、前認定のとおり、当審鑑定人渡邊郁緒の鑑定の結果によれば、鑑定時の被控訴人の視力は右眼〇・一、左眼〇・〇七、近方視力は右眼〇・〇五、左眼〇・〇四であつたものの、右検査の近方視力測定値が本来の視力であると判定する根拠はなく、心因性の状態で非常に高い頻度で得られる螺旋状視野が記録され、被控訴人の訴えに係る羞明を含む視力障害を裏付ける検査結果や器質的損傷は認められず、被控訴人の検査時の言動等には右鑑定人の指摘する被控訴人の訴えに反するようないくつかの不審な点も見受けられるのである。これらの事情に前認定の事実を総合すると被控訴人の訴える視力障害は神経的な要因(心因性)によるものと推認するのが相当であつて、これを等級表の何等級に該当するかを判定することは困難であるが、敢えて等級表に当てはめてみても、被控訴人の後遺障害の程度は等級表の第一四級一〇号(「局部に神経症状を残すもの」)を越えるものとは認められないというべきである。したがつて、原審鑑定人新城光宏が、鑑定時の被控訴人の視力値である右〇・一(矯正〇・六)、左〇・二(〇・五)を被控訴人の視力の実状を反映するものとして述べた右等級表上の意見は相当でない(もつとも、右鑑定も、鑑定時に螺旋状視野を示したこと、眼局所的あるいは全身的に原因となる所見を認めないにもかかわらず、強い羞明感を訴えることから心因性の要因が加わつていることは否定できないとしているのであつて、当審鑑定人渡邊郁緒の鑑定結果に反するものというわけでもない。)。

以上のとおりであつて、被控訴人の後遺障害は等級表の第一四級に該当するものと認めるのを相当とする。」

3  同八枚目表四行目の「三五パーセント」を「五パーセント」に、同四行目から同五行目にかけての「二三九一万三二九〇円」を「三四一万六一八四円」に、同六行目の計算式のうち、「一〇〇分の三五」を「一〇〇分の五」に、「二三九一万三二九〇円」を「三四一万六一八四円」に、同七行目の「五四〇万円」を「九〇万円」にそれぞれ改める。

4  同八枚目表八行目の「三六二〇万〇二三四円」を「五九四万四一八四円」に、同行から同九行目にかけての「前認定の事故状況によれば」を「前掲乙第一号証の一ないし七によれば、被控訴人は、請求原因1記載の日時場所において、被控訴人の所有の原動機付自転車を運転し、県道奈良間手越線からパチンコ銀座駐車場の西南出入口を経て右駐車場に入り、駐輪場へ向けて時速約一〇ないし一五キロメートルで進行していたこと、同駐車場の西南出入口付近には変電設備小屋が設置されていて同出入口左方から進行してくる車両に対する見通しが悪かつたこと、被控訴人運転の原動機付自転車は加害車の左側面前部に衝突したことが認められ、これに前認定の本件事故の態様を併せ考えると」にそれぞれ改める。

5  同八枚目裏二行目の「二五三四万〇一六三円」を「四一六万〇九二八円」に、同四行目の「これを」から同五行目末尾までを「既に右損害は填補されていることになる。」にそれぞれ改め、同六行目冒頭から同八行目末尾までを削る。

二  以上認定説示のとおりであつて、被控訴人の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきである。

よつて、右と結論を異にする原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹宗朝子 原敏雄 松津節子)

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